春は弥生の最中、花の咲く日は浮れこそすれ、和尚も二三の知人も瓢箪ぶらつかせ乍ら東山の花に浮れ出た。散りも初めず咲きも残らず、満山の桜今を盛りと咲き乱れて人は老若男女のけじめなく、花見衣裳のとりどりに、唯もう夢中になつてきやつきやつと騒ぎ廻つて居る。これを見た和尚は、微酔機嫌の気も浮々。
『あゝ極楽ぢやぢや』
尻をツン出し手を振つて、和尚一流の珍妙な踊りを初めた。坊さんの踊り、是は面白いと、花見の連中黒山の如くに、和尚の周囲を取巻いてやんやと囃し立てる。和尚益々得意になつて、縦横無尽に踊り狂ふ、途端に思はず、プツと一発大きな奴を洩らした。
さあ事だ、女子供はキヤツキヤツと笑ひ出す、連れの人々は真赤になつた。和尚は一向平気。
『方々は何を笑はるゝのぢやな』
『和尚様、人中でござります。少しお気をおつけ遊ばして……』
『何を気をつける?』
『只今変な音が致しましたではございませんか』
『あゝあれかい。あれは俺の音ぢやがな』
『澄して居ては困ります、他の者が笑つで居るではござりませんか。』
『はゝ……屁は芽出度いものぢや。』
『屁が芽出度いとは?』
『花見には屁が附物ぢや。』
『花見に左様な附物は聞いたことがございませぬ。』
『否ある、謠にも斯うあるではないか、それ、あな面白の春べやな、あな面白面白の春べやな、どうぢや。花も定めし俺の屁で喜ぶことぢやらう、ははゝゝゝ』