惚れ薬ゐもりの黒焼 ─由来、製法、使用法─

昔からゐもりの黒焼を相手方にふりかけると必らず厭ひぬいてゐた者も、必らず慕つて来る様になる─と云つて世の多くの恋愛病患者、わけても失恋者を済度してゐました。

さてゐもりの黒焼は何故、惚れ薬として効能があるか─その理由について調べて見ると、雄と雌と山を隔てゝ焼いても、その立ち上る煙は必ず一つに合して、さの彼方に消えてゆくと言はれてゐます。また雌雄を別々に引離して釘付けにしておけば、何時か双方が一体に結びついてしまふとも伝へられてゐます。更に何れか一方を殺しでもすれば、他の一匹は必らずその死屍のある場所を発見して、そこを離れようとはしないと云はれてゐます。

とにかく、その夫婦仲は、睦じさを通り越して、一種の恐るべき執着心をさへ持つてゐると云はれてゐます。斯うしたことが、やがてゐもりの雌と雌とを別々に引離して持つてゐれば、その相寄らうとする執着心が、所持者同志を動かせて近づけるやうになるといふ、如何にも尤もな理窟が生れて来たわけなのです。

それならば、生きたゐもりを持つてゐた方が、一番効果が多いわけでありますが、御承知の通り気味の悪い代物ですから、黒焼にしても別に効果に変りはあるまいと、考へ出したのでせう。

この黒焼は仁徳天皇の頃に百済から日本に伝はつたもので、その製法としては、二通りあります。

元来ゐもりといふのは、日本産と支那産との二種類に別れてゐて、支那産の物を蛤介といひ、腹部を切り開いて十字形の竹串に剌し、亀のやうな恰好にして乾燥さしたものを輸入致します。

内地産のものは、沼や池の底に棲息して、俗に赤腹と称する腹の赤いものをいひ、これは日乾しにいたします。

これを素焼の土器の中へ入れて密閉し、陶器を焼くと同じやうに、窯の中で蒸焼きにすれば、そこに妙薬『ゐもりの黒焼』が出来上るわけであります。

ゐもりの黒焼の使用法に就ては、いろいろの説がありまして、思ふ相手に振かけなくては効がないと言ふもの、或は守袋に入れて持つてゐればそれで充分だといふもの、或は又粉薬かなんぞのやうに粉末にして飲まなくてはいけないと言ふもの等いろいろの説に分れますが、男女の場合には、男の方は雌を持ち、女の方は雄をもち、また男同志女同志なれば、どちらを持ちてもよく、平素箪笥または帯のくけめ、または二人の枕の中に、或は守袋として下げてもよろしいのです。

但し果して効能顕著なるものか、どうかはこれを実験者の実際に徴して見なくてはなりませぬ。