先もじはゆるゆると御げんいり、御嬉しくぞんじあげまゐらせ候。まづとや、御かはりなう御くらし御めでたく、さては賤こともみちのくの大守様へ身請の儀きはまり、近きうちにうつり申し候はずにて御座候。二世と契りしたまづさも、今はあだ名の筆のあと、ちかの御げんもうそとなる、鶯の袖のむかしより、いきて家をもともにし、死しては穴を同じうせんと思ひしこともはかなけれ。たとひ天上の栄華をきはめ、こがねの山にあそぶとも、君にわかれて我命、いきてかばねをさらし、なほ後の世にめぐりあび、長きいもせを契るべし。天にあらばひよくの鳥、地にあらば連理の枝、ほのかに聞きし、天地ときありてつくるとかや。この恨みはわたくし死してつきし時なき夫婦の縁は、わかれて惜しむ血のなみだ、あはれと思ひ給ひなば、かはしたる数々を、必ず忘れ給ふなよ。たとへていはん、君と我、つがひはなれぬ雁の、一羽はれふしにとらはれて、籠の内なるうきおもひ、うき世の望みたえはてゝ、泣したへどもかひはなきも、はや身請はすみだ川の、ながれの身ほど世の中に悲しきものはあらいその、みくずとこそなりて候へ。かしこ。
歌に
我恋は月にむら雲花に風おもふに出かれずもはぬにそふ
かへすがへすも御ゆかしく、筆にも文にもつくしがたう、せんもじ御入のそのときが、この世のわかれと知るならば、いひたきこどもかずかずあり。御姿をもよくよくながめおくべきに、いつとてもしみじみ御いとまごひも、御宿のしゆびのよきやうにと思ひしまゝ、はやはや御かへり候へと、申せしことのかなしさよ。こればかりよみぢのさはりと存じまゐらせ候。びんの髪一封、小袖一重かたみのしるしにおくりまゐらせ候申上げたきことは、はまのまさごのかずかずなれど、泪にみづくきのわかちも見えず、をしき筆とめ申しあげまゐらせ候。かしこ。
高尾より
我君様