丑の時

かみしもみなしづまりぬ、雲井をわたるかりのこゑも所からにやあはれに聞なさるゝから、猫のねうねうとなくにも、たれかはおきあかすべくとぞおぼゆる。されど猶ねもやらで夜ひと夜うちかたらふ人もあり、あるは塩屋のけふり風になびくをうらみ、又山川のあさき瀬をくねるなどとりどりなり、あやにくにまらうどの二三人きあひたるは、せんすべなければ、例のいもうとだつ人を出してあへしらはす、おもへどゑこそなど、にくきことをさへいふめり、あるは熊野の神にちかひて、せいしに血をあえてとらせつるを、たがまことかとよろこぶ男もあるを、たけなる髪をおしきりてやれるを、うれしとだにも見ざるにや、かづら半ヶにたへぬるをも見へたる、はやうよりゐなかにやしなはれて、舌だみてものいふ男の、よなかともいはず、手うちたゝきて、おのこどもとく来といふ声、いとむくし、番の男きて、かしこまれば、ゐだけたかうなしてさけびいへるは、なにがしこそ、とのゝみうちにありても、名なる弓とりなれ、しかるにこよひいみじき耻見たり、まづ此かたきとする遊女る、こはいづちいにたる、宵よりまちつけをれど、ふとかげをだに見せず、こまもろこしよりわたせる名玉のごとく、われをば綿あつき衾にくゝみおきてとりいりいろふものもなし、にくしともにくし、これをもしのぶべくんばいづれをかしのぶべからざらん、此家のあるじこゝにゐてこ、対面していふべきことあり、と肱もちいかめしくしてのゝしる。男たいだいしき事、しばし和めさせたよへ、おもとに聞ゆべくといひて、たちてゆくおのれいづくへかにぐる、彼頭うちわりてんといひさまたちかゝるほどに、あそびきて、なに事をかのたまふ、気ののぼりてくるしければ、しばしかしこにて補ぷとてうつぶしふして侍り、さなはらだたせたまひぞといひつゝ、手を袖にいれてかたのほどいささかつみたればさばかりたけだけしくはやりたるものゝにはかに萎へ萎へとをれて、ゑみがほつくりて、額に手をあてゝ、わづらひたまへる事はしらでまうししなり、許いたまヘといふも声ふるへていとあまへたるおももちなり、さてひかれて屏風のうちにいりぬあはれやうやうさまざまなる心々おろかなる筆にはかきとりがたくや。