子の時

太鼓をうつこと子午ば九つとこそ延喜の式にはしるしたれ、さるをこゝもとにては、拍子木をよつぞうつなる、此おとにあはせてかうしのうちなるあそびども、はらはらとたちて去ぬ、此とき枢戸をさし、かうしのうちなるへだての障子をもあくるになん、このあとはひこなたかなたひとつ時なれば、いみじくひゞきあひて、かみのなるにやとさへおどろかれぬ、厨屋にては、らいしをしきかふしたかつきなのたぐひ、あらひのごひて、とりをさめなどす、まらうどせぬ女ばら、わらはなど皆ふしどにいりてふす、たゞ番の男のみひとりおきゐて、ときときおくと口と見めぐりて、拍子木うちありく、大路には、鉄杖のやうなるものふりならしつゝ、火危ふしなどよびつゝすぎゆく、さては按摩の盲ほうし、蕎麦むぎうる男のこゑのみ、大路のかたにきこえて、ゆきかふ人もをさをさ見へずなりぬ。