亥の時

衾はみついつゝ、綿あつらかにつくて、大きなるひたゝれめく物さへまうけおきつ、いづれも紅のにしきなれば、さながら龍田の山の秋にあへらんやうなり、うひ山ぶみなるまらうどは、ひとりふせりて、今や来んずらんと欠伸うちしてまつめり、されど無期に来ねば、徒いねをなどうめきつゝふしをり、とばかりすぐして跫音すなり、そゝやと思ひて、をらねしてをれば、しづかに入りきて屏風おしあけて、ねたまひぬるかといふ声はづかしげなり、猶そらねしてをれば、あなたに出て、ともしびかゝげ硯とり出て文かく、やゝひさしくためらふほど千とせをすぐすこゝちぞするや、里をばかれずとこそ、むかしの人もよみたれ思ひぐよなき人もありけり、などおもふも、うち出ねばたれかはしらん、いでやたからにかへて恋する人だに、かうやすからぬこゝろいられはすなり、さは思ふにかなはぬ物は世中ぞかし、あなかたはらいたしや、あなたには、時過ぎたる女の声して、宵まとひのわらはをしかり責なむ、格子のかたはやうく人ずくなになりて、むげにわかきものゝみのこりゐて、長き夜をわびがほなり。