戌の時

大きなるすはまやうの物うちかづきてもてく、いづこの嶺の松にかあらん、かげともたのむばかりなるを、ひききりて中にすゑたり、人の心の秋風に、裳はせでとのいはひことにや、たかどのには、障子どもあまたへだてゝ、つくりみがきてあり、厨子に貝など泥してよき絵したり、中やどりが灯さきにたてゝ、まらうどらのぼりて来、男盃もて出てぬかづく、しばしありて、酔の香高うかほりて、あそびどもかゝやき出ぬたゞいきてはたらく弁財天女のことにあらはれ給へるにや、うちおどろかる、まらうどさかづきとりてあそびにさす、此あひだの作法、いとつゝましくうるはしきは、はじめての見参なればなる可し、掻引く女など出きて、うたひなどすべし、またいりくるより、女どものかぎり出きてあざなにやあらん今めかしき名をよびたてゝ、わらひ戯れてうちとけかたらふは、月ごろ来かようまらうどにやあらん、こゝなるしも男をさして、ぎうとよびつけたるは、いかなる故にかあらん、髪はつれたる女の瞼はくろきが、はしつかに床司しめてをるを、やりてとはよぶなり、それはあそびらがうへに、心をやりてよろづあつかふめれば、さる名をばおほせけるにや。