ゆふひ西にかたふくころ、各自々々装束つくろひて、女童ひきつれてねり出たる。此世の人とは見えず、柳桜山吹など、折からのいろあひ相応々々しくぬひもの象眼など、めもかゞやくばかりにて、裾長うひきたるうはぎども、いみじう阿那めいたり。こゝは大門よりの直路にて、仲の町とぞよぶめる、家ごとに簾れかけて、軒には花色にそめたる布ひきわたしたり、いまうとだつ人のかたにかゝりて、簾のうちなる人に物打いひて、やをら隣のかたへあゆみゆくさよ、いとのどかなり、こゝにある家どもは、遊女がもとにかゝづらふ人の、しばしのほどの中やどりとて、打やすらふ所となん、やよひの頃は花の木ども所狭う植えわたしたれば、右ひだりのたか楼をかけて、しら雲のかゝらぬ軒なし、客人とおぼしきが、ふところ大きやかになして、端居してをり、あそび二三人ちひさき童ふたりそひゐたり、歌うたふ女ども四人ばかり、たかやかに打わらひ、酒しひそし乱きさわぐ、まらうどあるじに杯さしたるを、いたゞきをるほど女ひきさして、瓶子とりてつぐに、酒しただりて、ひざのあたりぬれぬ、あるじあわてゝ、紙もてかいのごひつゝしりめにかけていへるは、汝がわれに懸想じて、しばしば文おこせつるを、諾ひかでありしを、ねたしとてかゝることはしつるなめり、されどまことにはにくしとは思はざらましといへば、女いかゞは、あが見ざることこそたのみ奉きといひて笑ふ、あるじまらうどにむかひてかれは信実の住所と定めて侍れど、本性のひがみて、みそか男をのみまうけて、かたらひ侍りといへば、女ばら手打たゝきて笑ひかゝるに、むかひなる簾のうちより童のくろき足駄はきたるが、桜の枝一もと手にうちさゝげていりきぬ、まらうどにそひをるあそびかまへに突ゐて、あがおもとの聞ゆなり、此一枝花もおかしう侍れば、奉まつるになん、こよひは桜田なる御心しりのわたらせ給うけるよし、わりなううれしうこそおぼすらめ、うらやましうこそ思給へらるれといふを、まらうどはほのきけどしらず歌つくるもおかし、何事かこまやかにいらへして、よく聞えてよといへば、わらは、足ばやにたちて去ぬ。その隣なるは、すだれおろしたればよくも見えねど、男だちならびゐて、から声々うたふ、つねきく鳥もわかくとは、責りあげたる、糸のしらべもほそく聞えてかみ凄びぬる声づかひもやうありげなり。