よばひ(夜這ひ)の今昔

『よばひ』といふのは男性が其の相手方である女性の許に通ふ事を指していふのである。

此の風習は上古より行はれたもので、殊に平安朝などに至りては一般上流家庭に於いて盛んに行はれ、そのために風儀を乱した事が多かつた。

その頃の代表的作品として、後章に源氏物語の一節をお目にかける。

それから後になつても此の風儀はすたらない。現今でも、地方の僻枢の地にあつては、部落の青年達は唯一無二の慰安として、此の風が行はれてゐる。女子なども之を拒否しないのみか、こういふ制度がやがて一種の結婚の下しらべ、ともなつてゐる地方がある。従つて両親なども見て見ぬ振をしてゐる事が多い。

『よばひ』といふのは夜、ひそかに他人の眼を忍んで女の許に通ふところから起つた語源で、従つて『夜這ひ』と宛字を使用する。

人目を忍び、這ふ如くして女の許へ通ふのである。若し公々然と馬か自動車で通ふならば『よばひ』でなくて相手は歴乎とした囲ひ者である。

次に引用したのは、源氏物語の一節であるが、平安朝時代の上流の一面を知るためにもと思つたからである。

今一篇は森田草平氏の輪廻の一節である。これは地方の、相愛の男女が如何に切ない思ひを胸にいだき乍ら、思ひをとげるに汲々としてゐるかゞ知れるであろう。