好色本といへばすぐに西鶴を思ひ出す。それほど井原西鶴は大胆赤裸々に人間の情痴生活を描き、押へかたき愛欲を叙してゐる。
西鶴はつとめて市井に材を求めて、筆をおこしてゐる。従つて泰平の夢円かな徳川時代の社会相を知ると共に、そこに生れた幾多の愛欲生活を見る事が出来る。
この西鶴の代表的名作『好色一代男』『好色五人女』はいづれも発売を禁止されてゐて、如何ともする事が出来ない。
『好色一代男』は世之介といふ生れ落ちて間もない六七才の頃から情事に興味を覚えて、五十四才迄に女三千七百四十二人の女をもてあそんだといふ、さまざまな情事を活写してゐる。
不幸な事には真山青果氏の新釈にまつてその面影を伝へる事が出来る。よつて同氏の著からこれを引用する。
『八百屋お七』、『お夏清十郎』の二篇は町家の娘の焼きつくす様な灼熱の恋を描いたもの、『樽屋おせん』『おさん茂兵衛』は、ふとした動機から心ならずも貞操を疑はれ、遂にそのために邪道に落ちて行つた人妻の性愛描写であり『おまん源五兵衛』は、一旦出家した男が町娘の純情のために又還俗する愛欲を描いたものである。